大分昔の出来事ではあるのですが、初詣で感じたことがあります。
日本人だったら言いそうだけど、これってどうなんだろう?と思う出来事です。
年始おみくじを引きました。そうしたら、大吉だったんです。
しかも、その大吉のおみくじには、金のお守りもついていて、年始からとてもうれしかったのを覚えています。
その年、ついていないと感じる年だったので、大吉が身に染みたんですよね。
大吉でここまで喜ぶか?ってくらい大袈裟に喜んでいました。
そして、確かその後に絵馬を書いたんだったか、それとも家族の誰かが書いていたのか、絵馬のエリアにしばらく居たんです。
もう一度、大吉のおみくじを確認してみようと思ったら、金のお守りがなくなっていました。
落胆した私を周りは、「何か不幸なことの身代わりになってくれたんやわ。」となぐさめてくれました。→ そういう意味では、いい事が起こったという風にも考えられるのだと。
それもなんですけど、大吉のおみくじを引いたときに言われるのが、
「大吉はもうこれ以上良くならないから、中吉くらいが一番いいんやで。」
私は、この喜びとか、悲しみのタイミングってもっと素直でもいいんじゃないか?って思うんですよね。
お守りをなくした時は、そのタイミングで思う存分悲しめばいいのだし。
大吉を引いた時は、そのタイミングで思い切り喜べばいい。
だって、そうじゃないとややこしいじゃないですか。
ちなみに、この次の年も初詣に大吉を引いて、「2年連続」ってとてもうれしかったですが、その次の年も大吉を引いたら、今度は何も信じられなくなりました。
良く考えたら、この一年、いいことも悪いこともたくさんあったという現実に、引き戻されてしまったんです。
ですけれど、また忘れるくらい長く時間が空けば、大吉がうれしくなる時がきます。
日常の所々にある魔法の効力は、時にあっさりと消えてしまいます。
あっさりと消えた魔法や落胆を、こじつけでポジティブに書き換えながら。なんかうまいこといいすぎというか、騙された気になったりします。
でも、なんとかもっと上手く使っていけたらいいなぁと思います。
自分の日常においても、お客様の鑑定をする時にも。
#タロット#大吉#初詣#占い